書道と温泉好きから見た坂本の湯旅館。(松本市・坂本の湯旅館)

SOJA

2020年10月27日 17:30




えー…気楽なところで、一生懸命…と言うことですが。



えー…
新聞などでも報じられ、ご案内の通り…と存じますが…。
明治18年の創業、
松本市は浅間温泉の奥座敷…最奥と謳ってよろしいでしょう、
奥の奥にございます「坂本の湯旅館」が、
旅館業を廃業なさる…と言うニュースが入って参りまして。

2017年の1月15日に、自分たちは初めて出掛けていますね。
日帰り入浴ですけれど。
そして2回目がついぞ先日になった…と言う事になっております。

廃業のお話はやはり残念なのですが、
日帰り入浴施設は今後も使用でき、2階以上は福祉的な用途に使用されると言う。
旅館業のみが廃業となるのだそうです。
ただ工事が入りますから、
11月2日から11月25日まではお休みになっているそうです。

2017年当時、写真には収められませんでしたが、
見事な書が掲げられていて、
「いつか、もう1回出掛けたなら、写真を撮影させてもらおう」
…とは、ずーっと考えていたことで、
この機に、もしお片付けされてしまうとしたなら、
その可能性があるならば、廃業される前に出掛けねばなるまい!
…これが本日の一席、事の発端となっております。

これからもきっとお世話になることでしょう。
誇らしい松本の名湯について申し上げます。
どうぞ終いまで、ご愉快を願っておきますが…。






いつからか…は分かりませんが、
「坂本の湯旅館」は、
ペット可の素泊まりのみの温泉旅館として営んでおりました。
源泉は「第1号源泉」とあります。
浅間温泉の第1号源泉。
これは、お隣の「湯々庵 枇杷の湯」と同じです。
ただ枇杷の湯は、よりパブリックな日帰り入浴施設であり、
規模も大きく、加温、殺菌、循環併用のお湯の使われ方。
「坂本の湯」は、源泉そのままのかけ流し。
源泉温度は46.5℃で、
「坂本」の銘が入った瓦の湯口から投入される源泉は、手で触れると少し熱い。
無色透明で湯口からのお湯には、わずかな硫化水素の匂い。
癖がなく、しかしふくよか。湯上がりはしっとり。
時代の付いた檜の浴槽には、
どうでしょうか、男性ならば3人が余裕をもって入ることが出来る人数でしょうか。
カラン数は4だったりしますし。
その想定3人は、外を眺めての3人…
対岸にもう何人か、詰めたなら入ることが出来ますが、
ゆっくり入るならそうかな…しかし、
源泉をそのまま使う場合に、浴槽サイズは重要な要素になり、
この大きさだからこそ「浅間温泉・第1号源泉」の良さを、
存分に楽しむことが出来る、
唯一無二の良さ、宝を持つ温泉旅館だと思っています。



さて、ロビーから見える書は3作品あります。



「寿無涯」の書。「寿、涯て無し」なので「寿限無」と同じ意味かと。
中村不折の書でした。
それは良いものだと記憶に残るはずです。

今年の初め、コロナ禍が始まる前、
東京出張時の空き時間に、
台東区の「書道博物館」に出掛けました。
書道の先生が「1度は見ておくと良いよ」と教えて下さったので。
それが中村不折の創設したもの…とここで知るに至ります。
不折は洋画家であり書道家でもあり、
有名なところだと、
島崎藤村の詩集「若菜集」、「一葉舟」、
夏目漱石の「吾輩は猫である」などの挿絵を担当されています。



落款、落款印。
「中邨鈼印」の白文、
「不折」の朱文が捺されていました。



関防印には、
「長生禾〇」の4字…むむ、
自分では判別できておりませんが。
「生」は「主」でも良いかも知れないし、
「禾」は最後の文字と合わせて1字かも知れないし…
…そう思って調べてみたのですけれど、分からず。





こちらは篆書体。
「淵默靁聲」とあります。
旧字体でなく現代字にすると「渕黙雷声」ですね。
原文としては「渕黙而雷声」が正しいでしょうか。
荘子の外編「在宥」にある言葉で、
川辺、川の渕は静かであるのに、遠くから雷の音が聞こえる…
…と言うもの。



関防印は「白雲間」だと思います。
「秋聲天地間」を書いた時に、
「間」の「日」を横にすることを伺ったので、これはきっと正しい。



落款には、こう書いてあります。
「美昌碩年八十」
刻印は「呉 昌碩」と読むことが出来ます。

さて、検索してみると「清代最後の文人」とあります。

1844年9月12日に生まれ、1927年11月29日までの83年の生涯。
80歳の時の作品…と言うことでしょうか。
坂本の湯、明治18年創業は、つまり1885年ですので、
同時期に存在していた…と言うことになります。
経緯ばかりは分かりませんが、素晴らしい書作と感じます。



入口に掲げられている額。



「誰得醉中趣」…で合っていると思います。
「醉」は「酔」の旧字。

揮毫されたのは、金井信仙先生。



白文印は「信山隠士」で、
読み方が回文印となっております。
多くは、右上→右下→左上→左下ですが、
こちらは「右上→左上→左下→右下」です。反時計回りに読んで行く。



朱文印がたぶん「鶴巣」で良いと思うのですが、
「鶴」は分かりますが、左は「巣」で良いのかしら。

金井信仙先生は、信州の生まれの方で、
1840年から1908年までの生涯、
松本新聞を創設されたり、養蚕業の礎を築いたり、
郷里の偉人のおひとりです。
白文を拝見した際に、
「信山って上條信山先生か!?」と思ったのですが、
上條信山先生は1907年のお生まれですから、それ以前の方なのですね。
鶴巣、信山、信仙と号をお使いになられていた様です。

「誰得醉中趣」の意味なのですが、
検索を掛けると、
李白の「月下獨酌」にある、
「但得酒中趣」と言う言葉がヒットします。
「酒」と「酔」は関連がありますし、よく似ていますね。
李白の句は、
「ただ酒を飲むことは、これだけの趣がある」…と言うもの。
中国語が読めませんから漢字と配置とで想像しますと、
「誰もが酔いの中に趣を得る」でしょうか。
「酔えば皆同じ」とも訳せますでしょうか。
酔いを酒に限らずに考えたなら、
陶酔すると言う意味で捉えたなら、
温泉旅館ですから、
「誰もが坂本の湯に浸かれば、趣を得る」…なんて所でいかがでしょうか。

正確なところが分からなくていけませんが、
そんな様に思います。




…と、温泉も素晴らしいものがありますが、
書も素晴らしいものがある…と言うことをお伝えしたく。
今月末までの営業の後、
お休み期間を経ての再開となっておりますので、
心にお留め置き下さいますよう、何卒お願いを申し上げます。

さて、そんな「坂本の湯旅館」についての一席、
ここまでとなっております。
ちょうどお時間もやって参ったところ、
それではまた次回。

ありがとうございました。




今回の件、電話でも坂本の湯旅館さんに問い合わせをしていたりします。
その節は、ありがとうございました。
丁寧にご回答賜りまして、心より感謝をしております。
形態はお変わりになられますが、ご健勝を心より祈念しております。


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